◎ 2004/07/17 会社の納涼ナイトクルーズに
昨日、退職した会社の招待でナイトクルーズに参加させてもらった。貸し切りの船でMM21を出て3時間弱、横浜港を周遊しながらのディナー。MM21の夜景が素晴らしい。退職で見送ってもらってから、まだ半月だが、随分と時間も経過して久しぶりという感覚。やはりビジネスの世界と自由人の世界の違いが大きいのかなと思う。
もっとも会社の人達にとっても、「去る者は日々に疎し」でしょうね。
◎ 2004/07/16 管さんの四国お遍路
管さんが10日間のお遍路をスタートというニュースを聞いて、管さんのホームページを覗いてみた。
「今日からしばらく旅にでる。この3ヶ月間、年金未加入問題、代表辞任、・・・・など個人的にも政治的にも大きな出来事が続いた。今後何をするにしても、・・・・自分自身を見つめなおす時間が必要。」との趣旨のことが書かれていた。これが、お遍路に出るにあたってご自分で書かれたひと言だろうと思う。
昔、池田首相でしたか、お遍路されたというのを聞いたことがあります。政治家になる前かも知れないが、記憶があやい???。
テレビ画面にお遍路の正装で出てました。あまりに正装であり、かつ10日間で高知までという限定付きであったりと、どうもよく判らないですが、日頃歩いていないと10日間といえどもきついでしょうね。忙しい方は、途中で切って、都合をつけてまた継続というやり方もされている。
◎ 2004/07/14 アテロームの切除、定年和尚
タイトルのふたつのアイテムは全く関連がない(笑)。
背中のアテロームを切除してもらおうと近所の病院に行った際のこと。オペまでの待ち時間が長くて、途中でストップしていた文庫本「定年和尚」を読み終わった。
前に紹介したが、著者は、産経新聞の記者/旺文社の編集長/テレビ朝日映像の役員を経て、定年とともに浄土真宗大谷派の僧侶になられた。早くより仏教書の自学をなさってきて、浄土真宗推進員の養成講座にも出られ、帰敬式(東本願寺)で「釋慧成」の法名を頂いたそうだ。その後も定年前に、大谷派教師資格取得の学校に入られている。本格的に取り組まれており、私のようないい加減な帰敬式(西本願寺だが)への参加ではない。
読んでいて感じることは、大きな一歩を進めるには、その前に「強い感情」というエネルギーが必要だなという事。一般向けに書かれている事情もあるが、「人間関係の悩み、仕事の悩み、認めらる事への欲望、豊かさへの疑問」などを契機に次第に仏教へ傾斜という趣旨の話が書かれている。
標準的な90%くらいの人、私も含めて標準的な人は、そんな強力な感情とは無縁だと思うが・・その10%、更にその10%と大きく平均からずれていく人達がいるのは確かだが。低エネルギーの私には理解できない世界だ。職場での挫折、リストラ、死別、病気・・・等々の無常観、エゴと嫉妬の渦巻く世界への嫌気から仏教への傾斜と言うが、それだけで強力な無常観、厭世観を持てるかなあ。
ある歳になると、仕方なくであろうと積極的にであろうと、世の中/人生をあるがままに受容する、将来発生すると思われる嫌なことは、認識しておくが先取りして悩まない。発生した時点で、どうせ苦しませてくれるのだから。汗を流せば何とかなる事と自分ではどうにもならない事を峻別し、後者については可能な限り淡々と客観化し、できたら笑いながら眺めるくらいにする、くらいの意識は持っているのではなかろうか。もうひとつ、理解を仕切れない。
◎ 2004/07/11 参院選挙
スポーツクラブでスイミング、そしてジムで一汗かいてから投票に行く。学生〜独身時代に投票をさぼった事はあるが、その後は100%参加。とはいえ、投票したという満足感がなくなってきたのは確かである。裏切られたという気持ちが一番強いのは、「山は動いた」とかなんとか仰った方の政権樹立に向けての腰砕けであった。仮に自滅への道になったとしても思い切った事をやって欲しかった。
◎ 2004/7/10 横浜へ戻る
施設にいる母を尋ねてから庭の雑草を大急ぎで処理。いい加減に草をひいて蔓の始末をしただけだが、70リットルのゴミ袋が3個と半分できてしまった。ゴミ処分ができないので物置に保管する。
大汗をかいたので、シャワーしてから空港へ向かう。
◎ 2004/07/09 家のリフォーム3ヶ月点検で帰郷
スイスから戻ったすぐ慌ただしく帰郷。今回は家の中のLAN配線もあるので護法が担当、ひとりで移動する。
家に到着後、住友不動産の現地SEのYさんと検査担当のKさんが来るまでに、大急ぎで窓と扉を開放して空気の入れ換えをする。約2ヶ月の密閉していたことになるが、カビ臭くなく思ったより快適。 ・・・であったが、持ってきた夕食の材料を冷蔵庫に入れようと扉を開けたとたんに、なにやら臭いが流れてきます。そういや、冷蔵庫のドアを開けたのに冷気が流れてきません。「あれ、電気が切れてる」と分電盤を開くと漏電検知が働いて主ブレーカーが落ちていました。
電気屋さんのチェックを待つことにして、冷蔵庫と冷凍庫の掃除を開始。内容物は少ないとはいえ、拭いても拭いても腐敗物の臭いが抜けずまいりました。6月に真上を通過した台風による屋外コンセントへの水飛沫がいたずらしたのか、古いまま残した地中配線が原因かと推定しても、いまさら不明。8月に電気工事をし直す事になった。
明日は横浜に戻るので布団類は使いたくなく、シェラフを持参したが、暑くて寝苦しい。
◎ 2004/07/06 パソボラ勉強会に出席
6月に見学させてもらったパソコンボランティア団体、Dream Navigator
Yokohama(DNY)の会員にして頂いた。今日は19:30からJava Scriptの勉強会に加えてもらった。WINDOWS
を仕事に利用する前のFLEXとかOS9の頃、もう20年近くも前だろうか、その頃には趣味で、マシン語の直接操作、アセンブラそしてC言語などでプログラミングもしていたが、その後はとんとご無沙汰。完全に離れていたが、なんとなく感触が戻ってきたような感じがする。それにしても、皆さん仕事をお持ちなんでしょうに、夜2時間もの勉強会、凄い。これまで経験してきた世界とはまったく違うようだ。
初めて、画面の1行を点字表示するポータブル装置を見せて頂いた。10年も前からあるそうだ。ドットプリンターの応用技術だろうとは思うが、これも素晴らしい。現在は数十万するらしい。ユーザーとしてみると高価だが、制作側からみると安い。これをコストダウンする方法があれば良いなと思うが、難しそうだ。
リタイヤ後すぐにスイスに遊びに行くからいけないのだが、なにか忙しくて疲れる。20年以上続けている水泳(スポーツクラブ)には、なんとか毎日通ってはいるが・・。
◎ 2004/07/05 年金の手続きに区役所へ
退職が60歳の誕生月の2ヶ月前になってしまったため、国民年金に加入しないといけない。配偶者も3号から1号に変更手続きがいる。区役所の年金課で手続きする。
◎ 2004/07/04 帰国
成田に8時過ぎに到着。楽しかったスイスアルプス山観光も終了。
取り敢えず、写真をざっと眺めて良さそうなものをピックアップして、HPとネットのお仲間にメイル送信など。
写真だけでも551枚、今回はじめて持って行ったビデオでの撮影がテープ3本。うーん、この整理が何時できるやら。
◎ 2004/06/27 リタイヤして3日目、チューリッヒの朝
いやあ、時差のせいか早朝に目覚める(日本では昼前だものね)。目が覚める直前に夢を見た。なんか非常にリアルで目覚めても、ありありと光景が浮かんでくる。
やはり意識下ではリタイヤという大きな出来事に影響されていたようだ。夢の中で、会社を一緒に作った人達に別れを告げていた。これで、退職・退任したという事実がしっかりと意識に定着した感じである。
これから鉄道でサンモリッツ、サメダンそしてベルニナ特急でベルニア山群の観光に入る。スイスアルプス山観光のスタートだ。
◎ 2004/06/26 リタイヤして2日目、スイスアルプスへ
形式的なリタイヤ日は6月末日だが、見送れ実質的に職場を去ったのは6月24日。従って、今日はリタイヤ後2日目となる。
5:30起床で成田へ。準備もあって退職の感慨を味わう暇もなく飛行機に搭乗。シベリアからモスクワ、ベラルーシ、オーストリアなどの上空を経由してチューリッヒへ。機体の下につけられたカメラで写し出される風景−−−ツンドラの原野、とてつもなく大きな河、放射線状に直線道路(パイプライン?)が走る大きな街などを厭きることなく眺める。
◎ 2004/06/25 リタイヤして次の日
スポーツクラブ、旅行の準備など動いているせいか、リタイヤしたという感慨がまだ出てこない。
そういえば、お世話になった方々への挨拶にまわった際、「良い天気ですね」という挨拶と同じだとは思うが、「これから何するの?」と聞かれて答えに困った事を思い出した。途中から面倒になって、「遊びほうけるんだ、遊びに狂うんだ」と答える事にした。本気で尋ねているのではないし、答えなんかどうでも良いんだと判ってはいるが、それだからこそ、答える方としては困ってしまう質問ってある。
◎ 2004/06/24 リタイヤまで6日だが、今日が実質の最終日
○2004/06/24 リタイヤまで6日だが、今日が実質の最終日
職場でお別れの挨拶をした。本日が実質のリタイヤ日だ。40年弱の会社生活に別れを告げて自由人となる。それにしても、1年前の社長退任、今回のリタイヤそして今日の挨拶も自分で決めるという、企業人として最高の贅沢をさせてもらった。
簡単に挨拶時間設定を夕方にしてしまったため、19時から開催されるボランティア・市民活動への出席準備もあって慌ただしかった。そのせいもあってか、皆さんに見送られて車の窓から眺める職場にも感慨を持つ余裕がなかった。
◎ 2004/06/24 リタイヤまで6日。実質の最終日
職場の挨拶を今日にしたので、本日が実質のリタイヤだ。40年弱の会社生活に別れを告げ、自由人となる。1年前の社長退任、今回のリタイヤそして今日の挨拶も自分で決めるという、最高の贅沢をさせてもらった。
◎ 2004/06/22 リタイヤまで8日、文庫「定年和尚」を読んで
やはり感情・感覚が鈍磨しているせいだろう。本屋で見つけた定年和尚という本を読んでいるが、内容がしっくりと入ってこない。著者は10歳ほど先輩の方だ。新聞社、出版社、テレビ会社と移られ、定年で僧侶になられた。環境とか医学などの分野の取材をされているうちに、経済至高ではない価値観の必要性、愛別離苦・諸行無常の感を強くし、早くから仏教の自学をなさったそうだ。その場その時を全身で受け止め、強い情念を持って生活されてきて、万物流転・無常への思いを強く持たれたのであろうかと思う。
感情・感覚の鈍磨というか、強い情動を滅多に持った事のない低エネルギー体質の私には理解が出来ない。情念とは違う理屈の上では、変化があって当たりまえ、変化あってこそ世界は生きているし面白い。
私の会社生活は研究担当からスタートした。その後、マネージメント担当を経て、約7年前に事業開発を担当、そして会社を設立へと変化してきた。この程度の変化は誰もが経験するし、変化への特別の感慨もない。多少はしんどい事もあったように思うが、忘れてしまった。脳に欠陥があるのか、すぐに忘れてしまう。頭の中には、今と将来しかないようである。この健忘症も、変化への無常観を理解できない理由のひとつかも知れない。
会社を設立してから、社員の皆様に「変化こそチャンス、自ら変化を起こして夢を実現しよう」と申し上げてきた。ビジネスだけではなく、個人生活でもそうだと本音で思っている。変化無くなれば熱死の世界である。エンタルピーが最大化した熱死の世界だ。もちろん、変化は自分にとって良い事も悪い事も差別なく降りかかる。それでも良いじゃないか、仕方ないと、私なんかは思ってしまう。設立した会社が思った以上に順調に推移してきたが、家族の健康課題から重点を個人に移す変化を自ら作り出した。移行に少し時間はかかったが、これもスムーズに終了できた。正直言って、この変化にも特別な感慨はない。変化の引き金は引いたかもしれないが、その後は成るようになってきたという印象である。
このような情念が薄い、そして昨日の事はもう忘れてしまうという健忘症の者は、この本の著者のような本物の求道者たり得ないのかなとも思う。頂いた法名「釋護法」はどうなるのだろう??。
◎ 2004/06/22 リタイヤまで8日、実質の最終出社日
退社の挨拶は24日に予定している。1年前に大々的な社長引退の式をしてもらっているので、何もなしと辞退したが、形式も必要とそうもいかないようだ。せめて、職場フロアでの挨拶にしてもらったが、車の用意だ、花束の受け取りだと次第にエスカレート。「あれ、いつの間にかいないよ」と霧のように消えていきたいと思っていたのだが。
次の出社は24日の挨拶の時、本日が実質的な最終の出社日となる。会社のある事業場の入口には、出社時いつも挨拶し、かつ節目節目には参拝している神社がある。今日は改めて参拝。これからの会社の更なる発展を祈願する。事業場としてはまずい事だが、持ってきたデジカメで記念の風景写真を撮らせてもらう。
それにしても、会社設立から4年半、更には約36年間の会社生活の締めの日だというのに、特別な感慨がないのは何故だろう。社長を引退する決断をした時の印象が強いせいなのか、1年間の非常勤というソフトランディングのせいなのか、歳と共に心の皮が厚くなってしまったのか。まあ、それらのミックスなんだろう。
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話は変わるが、本屋で定年和尚という文庫本を見つけた。なんと定年して真宗大谷派の本物の僧侶になられた方の本である。いい加減な勢いで法名を頂いた私などとは違う本格的な求道者であられるようだ。
◎ 2006/06/19 リタイヤまで11日 リタイヤ後の準備?
今回はリタイヤ準備とは直接の関係はないが、パソボラっていうんでしょうか、障害者・高齢者IT活用への支援活動をしている団体さんの定例会に出席させて頂いた。
パソコン通信でのお付き合いは別にして、これまでの会社生活/ビジネス世界とは異なった分野に顔を出さしてもらうのは久しぶり。10年以上も前に「東横沿線を語る会」でお世話になって以来だ。特に、この数年は事業の開発とか、会社の立ち上げと経営に関わってきた事もあって、具体的な目標設定/効率/スピード/ビジネスチャンスへの感度などを最重要視する世界であった。
どういう分野であろう、なにかを目指し達成していくという意味では同じだろうが、ビジネス世界とは「目標の根底にある想い/目標を達成するための方法論」に大差があるのであろうと想像している。
今回の飛び入り見学を快く承諾くださった団体の定例会では、7月1日〜3日にパシフィコ横浜の「ヨコハマ・ヒューマン・テクノランド:YOTEC」での展示準備を中心に検討されていた。
コンタクトさせていただいた団体は、「自治体による障害者のIT活用支援」、「受講した障害者が自立して仕事に携わる企業組織」、それらを包含するようなフレキシブルな民間組織という多重構造になっているようでした。
私がお役に立てるのかどうかわからないが、お手伝だいさせてもらえる機会があれば、ぜひ参加させてもらいたいと思っている旨をお伝えした。これまで知らなかった新しい世界を教えて頂けるという事で、私にとってはたいへんありがたい事である。
◎ 2004/06/17 リタイヤまで13日 国民年金への手続き
配偶者の年金が3号から1号に変更になるので手続きはどうせ必要であるが、私自身が60歳まで3ヶ月あるので、その間は国民年金に加入しないといけない。やり方を市役所に問い合わせる。この前に区役所で建機保険の事を聞きに行った時もそうであったが、今回の電話相談もたいへん親切・丁寧に対応してくれた。
話は違うが、企業の健保に問い合わせたときの、「いはゆる昔のお役人的な対応」とは全く違っていた。民間の方が昔のお役人的な対応とは、どうなってるんだろ???
ま、それはさておき、自治体によって違うようだが、私の手続きすべき自治体では退職証明書(形式は問わない)が必要とのことなので、会社に発行を依頼をした。短い期間とはいえ、役員になったため失業保険は不適用となり、離職表は存在しないため、かえって面倒だ。
◎ 2004/06/16 リタイヤまで14日 挨拶その2
今日は親会社を訪問して挨拶をしてきた。引退するとはいえ、設立検討から関わってきた会社、やはりもうひとりの我が子のように感じている。親会社のトップ、幹部の方々に今後とも我々の会社を宜しくとお願いする。結婚式での親父さんの気持ちかな??。
お話ししているなかで、2日ほど前から起きていた課題の概要がわかったので早速に後任の社長に問題ない旨と御礼を申し上げた方がよいだろうと連絡する。
挨拶の後、総務の知人の方に、退職に当たっての諸手続を教えて頂く。ありがたい事だ。なにせ、できて数年の小さな会社でもあり、そういったノーハウの蓄積はこれからで、私の知っている情報が多いくらいの状態である。すべての手続きが完了して評価も終わった段階で後任の社長さんに一式をお渡ししておこうと思っている。
◎ 退職に当たっての資金課題の続き
これまでグループ契約していた車の任意保険は、継続はできるが、一括振り込みとなる。毎月の引き落としだと、あまり気にならなかったが、一括となると結構な金額ではある。最近の新聞広告などに出る「車の保険が安い」宣伝が気になって、フリーダイヤルで問い合わせた。電話で契約条件などを話して、数分のうちに見積が出た。このサービスは凄い。もう関係ないが、こうしたビジネス体制は参考になるのはないかと思う。ともあれ、保険料は今よりだいぶ高くなること、今の契約は有利なことが判明した。広告で言ってる安い保険料は、いろんな条件を絞り込んだ保障レベルが相当に低いものである・・・詐欺とは言わないが、いい加減なものだ。
◎ 2004/06/15 リタイヤまで15日 社内の経営幹部に挨拶
社内の経営会議にて、退職の挨拶をする(あちこちにいる社員の皆さんには会う時間がとれないので、6月7日にメールで挨拶を発信)。
経営幹部の皆さんには、勝負事でもビジネスでも
「うまくいった、いってると思った時が、組織にとって一番リスクが高くなる時」と意識してほしい旨を話しさせて頂いた。多少の実感もあったりしている。
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家族の健康状況から社長を引退させてもらい、必要なら途中から完全リタイヤも予定していたが、幸い家族の状態も安定していたため、1年間の非常勤を続けさせてもらった。そのうちに、昔から考えていたジェネラリストとしての引退の歳である60歳が目の前に来てしまった。自分あるいは組織の状況はどうあれ、次の方に仕事を渡して組織から消えるべきと考えていた年齢である。理由をつけ始めると、辞めない理由はいくらでも出てくる。全くの個人的な感覚ではあるが、この女々しさというか、自分に対する過大評価/和次の人への過小評価が、企業だけでなく政治も含めて日本をおかしくしている可能性もあるかなあなんて(??)。あくまで個人的な意見であるが、ごちゃごちゃ言い訳せずに、もう自らをすっぱりと切ってしまうべきである・・・で、なんとか、自分の行動の美学を貫けたかなと・・・・・。
◎ 2004/06/14 リタイヤまで16日 会社の荷物運搬
1年前から、会社にて処分すべき住所録等を整理し車に積んでいた。同じ貴1年前から、会社の方も私物的な物を段ボールひとつまでに整理して保管してあった。今日は、車で会社に行って、荷物の交換と運搬を実施。
電車通勤でも早く出社していたが、車だと更に早くなる。まだ出社している人が殆どいないなか、黙々と荷物の整理と運搬をする。流石に、「ああ、これでリタイヤするんだな」と感慨を持つ。会社を作る前後から、頻繁に場所の移動はしてきたが、やはり完全リタイヤとなると、荷物の整理も全く違った印象になる。
道の渋滞が嫌なので少し早めに退社して帰宅、今度は持って帰った荷物を家で整理する。会社でも、家でも周りは、あまり気にしていない。本人だけが、なんとなく感慨に浸っているだけのアホな構図ではある。
今日は、会社にいる間に、やっと立ち上げたWGのキックオフにも出席、これで気がかりな仕掛かり物件はなくなった。
◎ 2004/06/11 リタイヤまで19日 中長計生活計画の見直し
企業人として性になってしまった中長期計画、個人生活になってもついつい出来ていないと落ち着かない。半分は洒落だが、結婚初期に退職後の資金、イベントの予想計画まで作っていた性格だから、企業人の性とまでは言い切れず、単に性格かもしれないが。
これまでに作成していた今後の計画のローリングをする。きついが、なんとか生きてはいけるであろう・・・と安心というか、余計な神経を使う事を止めることにする。
◎ 2004/06/08 リタイヤまで22日 市役所に聞きに行く
健保の手続きを急ぐ必要があり、国保にするか企業健保の継続方式にするか早く決める必要がある。国保の話を聞きに区役所を訪問。9時前に着いて待っていると、すぐに声をかけてくれ、説明も丁寧に対応してくれた。こういうのって嬉しいですね。
担当の方からは、たいへんに気の毒そうに国保の保険料が非常に高くなる旨を言われた。昨年の1月から12月の収入が、前半の社長時代のためそれなりにあったせいで、やむを得ない。これも目算ミスかも。4月−3月の年度で考えていたのが間違いであった。
一応作っていたこれからの生活計画をもう少し詳細に見直す事にする。区役所から会社に直行して、健保の継続手続きを開始する。
◎ 2004/06/07 リタイヤまで23日、退職説明を受ける
==退職にも体力、金力が必要だ==
今日、退職にあたっての提出資料をもらう。会社を作るときに退職しているので説明を受けているが、その時は保険・年金・税金など全てを新しい会社に引き継いだので、あまり混乱はなかった。今回は、完全に会社組織から離脱するということで、自分でしなければならない手続きが多い。加えて、まだ60歳になっていないために、60歳過ぎての退職よりも煩雑である。これは思わぬミスかもしれない。9月末の誕生日まで繋ぐべきであったか!!。まあ、あまりみっともない、自分の行動美学と合わない事はやめましょう。
いずれにしても、60歳になって一部出てくる年金、企業年金なども実際に受け取れるのは12月のようだ。それまで無収入になるわけだが、まあ社会保険の料金は当然高くなるし、かつ纏め払いも言われたりする。美学だなぞと格好つけても、いやはや辞めるにも資金が必要な事を実感した。
◎ 2004/06/03 完全リタイヤ
非常勤という中途半端な状態が結局1年間続きましたが、こ
れも6月末で終えられる事になりました。これで完全リタイヤ
です。
会社にいるときは組織人、勤務していないときは生活人
*組織人VS生活人、なにかうまく嵌る用語を探してま
すが、いまだ見つかりません。企業人と個人−これ
も、もうひとつしっくりしない・・なんとも難しい
この両者の切り替え機能が次第に摩耗してきていました。企業
人としては効率・スピードが重要ですが、生活人・個人として
は、効率もスピードも無関係で、楽しめる事が重要です・・こ
の切り替えが次第に難しくなってきました。非常勤でも専門職
だと、また違うのでしょうが。周囲に害毒をまき散らす前に、
リタイヤすべきと切実に感じていました。これで、ほっとして
います。
◎ 2004/05/26 リフォームページのクローズ
リフォームの完了に伴って、臨時設置のリフォームページへのリンクをはずしていましたが、ページの中身も本日消去しました。どれくらいの方が見て下さったのかわかりませんが、リフォームを検討されている方に少しでもお役に立つことがあったことを願っております。
空いたホームページのスペースは、メインテーマである「山と旅」の方に割り当てる予定です。これまで60Mの容量を確保していましたが、なかなかきつくなっていました。今回のリフォームページのクローズで、20Mの空きスペースを確保できましたので、暫くは大丈夫かなと思っています。
◎ 2004/05/14 パソコン初心者の支援ボランティア
リタイヤ後に田舎に戻り、ボランティアのひとつとしてパソコンに馴染みのなかった方々の利用支援ができればと考えております。
パソコンの利用経歴は長いし、趣味としてやってきて、それを業務にも横展開するというやり方なので、シルバー世代のパソコンに初めての方のお役に立てるのではないかとは思っています。ただ、自己流でやってきたため、このままで人様にお教えするのは失礼だし、事前に訓練を受けるべきであろうと思っています。
ということで、今週からパソコン教室巡りを開始しました。仕事にするつもりではなく、事業としてやってみようという気もないので、資格をとるつもりはありません。自分のレベルもよくわかっていませんし、といって入門コースを今更受ける気にもなれないと、どうしたら良いのか良く判りません。
◎ 2004/03/28 リフォーム検収
昨年から検討を開始し、今年の1月15日に着工した田舎の家のリフォームが完了した。3月26日に検収。細かいところで幾つかの課題を残したが、まずは問題なく検収を終えることが出来た。
首都圏に居住しながら遠隔地にある家のリフォームであったが、まずは順調に推移したと思っている。住友不動産の現地側の担当SEであるY氏より週2回の写真付き定期メイルによる情報交換、必要に応じて臨時メイルでの相談、重要事項については首都圏での担当プロマネS氏と面談というスタイルは、非常に有効であった。
まずは、関係した神奈川と岡山、高松の住友不動産、新築そっくりさの皆様、棟梁、関係の皆様、ご苦労様でした。おかげで満足できるリフォームができました。いくつかの残件がありますが、これもフォロー宜しくお願いします。検収時の住友不動産
新築そっくりさんの関係者(神奈川、岡山、高松)と棟梁の集合写真を添付。
備考
解体してから判明した柱、基礎、階段、廊下、等々の状況に応じての工事内容の変更もきちんと検討してくれましたし、それらの工事変更に伴う金額の変動もなしと、キャッチフレーズ通りの定価制でした。変更についても、内容説明と提案という形での事前の話がきちんとあり、対応の仕方についても満足。
◎ 2004/03/06 リフォームの中間立会も終了
3/4から中間の立会で帰郷しています。今日で終了し、横浜に戻る予定。
1階の主なところの床、天井、建具と照明の設置ができており、イメージしやすくなった。これからは2階ろ外回りに工事のメインが移っていく。素人目には3月末の完工が可能なのかどうかよくわからない。
◎ 2004/02/29 池宮 彰一郎 の 本能寺
信長/光秀の新しい人物像を描いたという前評判に惹かれて、単行本で出版された時から気になっていました。文庫本になるのを待って、やっと入手して読むことが出来ました。持ち歩きの不便な単行本を手にしなくなって久しいです(笑)。
さて、内容ですが、「強烈な美意識と凄まじいまでの発想が、旧体制の既得権一切を破壊し、中世から近世へと歴史の扉をこじ開けてゆく。その心奥に潜む壮絶な精神と雄大な構想に迫る画期的歴史長編」との紹介文につきるのかも。
でも、ちょっと無理があるかもといった感じもしました。いくら天才といえども、その時代のコモンセンスから全く離れるのは無理ではないのかな。
宣教師からローマ帝国の情報をひつこく問いただし(ほんとか作り話か?)、「大名制を廃止して、合議と1代制の執政官といった政体を目指そうとした」、「それに対する反対勢力に煽られた光秀が、秀吉よりも先に反旗を翻した」との説。
う一ん、天皇制を廃して、中国の皇帝を意図したという方が、まだ信じられるような。
最近、立ち読みした新書版では、信長のバックはイエズス会だったが、途中で操れなくなって暗殺へという説」が書かれていた。確かに、あれだけ一挙に拡張した際の裏付けとなる経済力・財力の根元が明確にされた事はなかったような気がする。楽市/楽座といっても、あの活躍した短期間に経済が潤うものでもないだろうし、当時の大部分の戦国大名のように経済基盤が農業からの年貢では、蓄財に苦労しただろうしと考えると、漫画的だが「イエズス会がバック」の可能性はあるかも。
◎ 2004/02/27 秋田新幹線こまち
18:30、もうすぐ大宮。田沢湖から3時間、速い!。田沢湖高原温泉、乳頭温泉を満喫、初めてのスノーシュートレックを楽しめた。
◎ 2004/02/07 牛丼(続)
山に行くバス待ちが40分以上あり、ふと目に入った吉野屋に。「牛丼ある?」「ありますよ」、で先の松屋に続いて吉野屋の牛丼を味わう。久しぶり、BSE騒ぎないと食べなかっただろう。両店の味、食感全く違い面白い
◎ 2004/01/30 牛丼を探して・・・
BSE問題で牛丼が世の中から暫くは消えそう・・・となると、食べておこうかという気になります。
以前は、仕事で移動中に時間がないとなると走り込んだものですが、最近はとんとご無沙汰。でも、消えそうとなると食べておこうという気になるから不思議なものです。A駅の周辺を探してみましたが、牛丼屋さんがない。いままで気がつかなかったですね。B駅に行って、やっと牛丼ではなく牛めしとなっていましたが、普通に提供してました。豚めしという新しいメニューが出来てましたが、牛めしがどうのこうという断り書きもなかったですね。TVのニュースとの落差はどうなってんでしょう。
◎ 2004/01/24 やぶ歩き会の会食
会食に私どもふたりで出席させてもらいました。たまたまネパールツアで会のメンバーのおふたりと一緒になったというご縁で、会の皆様に快く受け入れて頂きました。
中国から帰国中の方のお話し、そして今年になって行かれたニュージランドの山の写真とビデオの鑑賞をメインディッシュに楽しいひとときをすごす事が出来ました。
余談
おひとりから、「仕事から退いて、ますます元気になる方が多いようだ」という発言がありました。少し前までは「仕事から離れると、急に老け込む。事前に趣味をうんぬん」という話が一般的であったように記憶しています。確かに、これは余計なお世話で、「思いっきりテレビ??」を代表に、出てきては消えていく様々な健康コンプレックスのように人為的に作り出された定年後コンプレックスの印象もありました。
今回の出席メンバーは、私と同年齢か少し先輩の方が多いようにお見受けしました。フルタイム現役はおひとりだけでしたが、皆様の山での活躍はもとより蘊蓄あるお話しを聞かせて頂きました。やはり、冒頭の「・・・ますます元気に・・」には頷けます。
◎ 2004/01/17 横浜へ
リフォーム着工で帰省してましたが、今日遅くに横浜に戻る予定です。雪の影響はどうなのかな?
四国は高松の方が降雪が多いのか、朝の3便くらいのフライトが欠航らしいです。徳島は朝一番の飛行が待機中だったですが、どうなったのかなあ。遅い便の予約なので、こちら側は大丈夫でしょうが、羽田がどうかな。
◎ 2004/01/14 着工に備えて帰郷
15日の着工に備えて、12日から帰郷してます。
不要な大物廃棄物の整理も終わり、13日に業者さんに運び出してもらいました。回転破砕機?のついた車2台、トラック台で来て、小1時間で作業を完了。けっこう弁別してまとめておきましたが、約4箇所には分散してました。素早いものです。
◎ 2003/12/31 とうとう大晦日だわ
なんとか、家の中の片づけ、リフォーム中に避難させる物の段ボール詰め、大型の廃棄物のまとめを終了した。
外回りの大掃除もほぼ終了。手入れを出来ずに放置してきた木の枝打ち、間伐など・・・慣れない力仕事で筋肉がぱんぱんになっている。
それにしても、家の庭に木を植えるという感覚は、日本以外でもあるのだろうか。山に行けば、いきいきとした木にいくらでも出会えるし、木にしても狭苦しい庭に閉じこめられて嬉しい筈もないのでは。
小さくとも色とりどりの花の庭園とか、栗林公園、偕楽園、兼六園といった大きな庭園あるいは神社・お寺の大木、こういった庭なら意味ありそうだけど、大小/広狭に多少の違いはあるとしても普通の民家に何故に木を植えるんだろ。
◎ 2003/12/30 徳島にて
27日から帰省して、リフォームに備えての片づけ、年末の掃除に取り組んでいる。思った以上にいろいろやる事があって、そろそろホームページの冒頭部分のレイアウトを変更したいと思いながら手をつけられない。開設して3ヶ月になるし、スタート時点の書き方は変更したいのだが。
◎ 2003/12/19 明日・明後日と丹沢で忘年会
ネパールツアからお付き合いさせて頂いている方の山の会よりお声をかけて頂き、ユーシンでの忘年会に行って来ます。雨山峠から入り、翌日は初めてのコースの鍋割北尾根から鍋割山に登る予定にしています。
衝動買い?をしたGPSとカシミールで打ち出した経線緯線の入った2万5千図の威力を試してきます。
◎ 2003/12/15 携帯型GPS購入
12月13日に横浜の東急ハンズで「いいよねっと」さんが実演デモをするというので信行と行ってきました。
行くということ自体が欲しいと思っているわけですから、もう罠にはまったも同然です。帰るときには、イートレックス レジェンド、それも日本版を手にしていたのは言うまでもありません。ああーあ。
12月14日には、カシミールで打ち出した緯度経度の線付きの地図を片手に近所を歩いてみましたが、正確ですね。帰ってからカシミールにトラックを転送して遊んでました。まだ使い方がわかりません。暫く楽しめそうです。
◎ 2003/12/09 さあ会議だ
朝いちばんのメイルチェック、ついでにホームページのチェックを終了。そろそろ会議の準備に入らないと・・・。
日曜日の明神ヶ岳のレポは昼休み中に作ろうかなと。でも、急いで作ると日本語が滅茶苦茶になってしまう。先日の仏果山のレポを読み直して、こりゃなんだと我ながら恥ずかしくなる。昨晩、大急ぎで手直しをした。
◎ 2003/12/07 明神ケ岳へ電車の中
一昨日、昨日とはうってかわった快晴。暖か過ぎるので見晴らしはどうかな?
◎ 2003/12/05 雨のなか大山へ
いま蓑毛から秦野へのバスの中。朝から雨になりそうな感じであったが、大山の入り口でついに降りだした。今日いちにちは、もちそうな事を予報で言ってたが、素人の予想どおりにやはりハズレ。
◎ 2003/12/03 インフルエンザの予防接種
少なくとも40年ぶりじゃないかな。インフルエンザの予防接種は高校の頃に受けたのが最後。
その頃は、2回にわけて注射してましたが、最近は1回だけなんです。それに量も少ないですね。予約してあった近くの医院で、信行は一昨日、護法は本日注射して頂きました。
これでSARSを予防出来るわけではないですが、なんとなくその気になって、予約は手回し良く半月ほど前にしてました。その後、地域によって接種薬が不足しているとのニュースが流れていましたが、今日行った医院でも、近くの大きめの病院でも薬がなくて接種出来ないとの事。
私らのような数十年ぶりに予防接種を受けようという人が多いのでしょう。思わぬ所で、流行の先端を行ってしまったです。
◎ 2003/11/22 高齢化に伴う公的な手続きの難しさ
高齢化社会での公的年金の制度維持の可能性などが話題になっていますが、今回は制度うんぬん以前の書類手続きの難しさを痛感。
個人的な話で恐縮ですが、帰省してケアハウスでお世話になっている母のところに行きました。いつも郵便物などを調べていますが、今回は介護保険料が未払いである旨の督促状が入っていました。以前は年金から自動引去りされていました。役所に問い合わせた結果、最近の見直しで、自動引去りができなくなったためである事が判明しました。事前に案内があったのだろうと思いますが、本人が問題に気づくのは難しいし、気づいたとしてもその後のフォローを自分でする事も、人に依頼する事も困難でしょう。
以前には、個人で入っていた簡保の保険金支払いの自動引き去りができなくなって、知らないままに資格を喪失、それまでの保険金支払いはなんだったんだろうという事もありました。入院特約も知らないままに利用しなかった事もあります。
いずれも自己責任の範疇である事は自明でありますが、高齢化していくなかで、私も自分の事で対応しきれない状況になるだろうと思っています。全国規模では既に対応しきれないでいらっしゃる方も大勢おられるのではないでしょうか。
とはいえ、そのフォローために役所に人を置くといった非効率的なこともできないでしょう。民間の製品でもコストアップしてしまいます。現実的な解決策があるのかどうか難しいですね。
そういえばと思い出したのが住基ネットです。更に進めれば国民総背番号になります。こうした高齢化に伴う手続き困難の問題をクリヤする効率的な手段として、見直し検討されても良いのではないでしょうか。そのかわり、個人情報の大部分がそこに入ってしまいます。それが変に利用されないか、セキュリティーは大丈夫かなどの違う問題も発生するでしょう。なにとなにをトレードオフするのか、世代によっても、個々人の状況、健康状態によっても異なるでしょうし、意見の集約はできないでしょうねえ。
◎ 2003/11/16 山歩きの運動量
これまで集めた資料を整理していたら、98年の朝日新聞の記事が出てきました。登山(山歩きでもトレッキングでもなく、何故か登山です)は、ジョギングと同じ有酸素運動。急激な負担が少ない割にエネルギー消費量が多く、運動強度も高い。
(もったいない、なにも無理して消費しなくとも(^_^;))
20代の健康な人が登山した場合の1時間当たりの消費エネルギーは700キロカロリー。1日8時間歩けば、5600キロカロリー。フルマラソンの約2倍の消費量になる。
以上のような記事でした。エネルギー消費のために山歩きするわけじゃないと思いますが、そんなものらしいです。
◎ 2003/11/15 モバイル機器の活用
話は突然にモバイル機器に飛びます。これらは使い方によっては本当に便利で、業務と山遊びの両立に有効に活用させてもらいました。
どこでも、ちょっとした空き時間などを有効に使って資料作成などの仕事が出来る事、離れた場所で業務上の打合せ・指示が出来る事、これは非常に素晴らしいです。こうした環境なしには山歩きを継続するのは無理であったと思っています。
山の上で作った資料を送信して業務の指示をしたり、逆に鎖に取りついているときに突然に携帯電話がなって落っこちそうになった事、とある国の辺境地を走行中に相談の電話が入ってきた事、等々を思いだします。
◎ 2003/11/09 投票の後、ホームページの整備
今日のお天気だと投票率が上昇するのでしょうかしら。私どもは、スポーツクラブで泳いだ後に投票所に寄ってきました。
昨日は中央線沿線の滝子山に行ってきました。異常に暖かいというか、歩くと暑いくらいの気候ですが、流石に紅葉は終わりの印象でした。そういえば、列車が初狩駅を通過するときに、周りが真っ白になり何も見えなくなりました。ありゃ、どこかで草焼きでもしてるのかと一瞬思いましたが、なんと川から蒸気が立ちこめたようでした。
それにしても、日帰りとはいえ立て続けに山歩きに行ってます。こちらにいるうちに、仕事もピークであったここ20年間に、心身の健康を保つうえでお世話になった近場の山々にお礼参りと思っているんですが、天気、気候もありますし、このペースでも全部を回りきれないでしょうね。
◎ 2003/11/02 高尾で電車待ち中
河口湖行きを待っているところ。先程の続き、カナダ人のガイドはブラッドといって、和歌山で英語教師も。日本語に堪能、歴史・文化も詳しく、行者を経験したいと言ってた。いま日本にいて、自転車で九州一周の筈。
◎ 2003/11/02 三ツ峠山に向うバス停
始発のバスを待っている。昨晩のTV「世界ふしぎ発見」はカナディアンロッキーでした。我々が行った数日後です。ボートに乗ってたガイドは我々のスタッフだったカナダ人です。
◎ 2003/10/25(信行) 友人を弘法山に案内
山歩きが初めての友人を、手軽に雰囲気を楽しめる丹沢前衛の弘法山に案内しました。標高300mにも満たない山というより丘陵のハイキングという感じですが、丹沢山系の展望と相模湾側の見晴らしは素晴らしいし、約10年続けていますが、桜もなかなかのものです。今回は、曇り空で展望はもうひとつでしたが、山歩きの雰囲気は味わってもらえたと思います。
◎ 2003/10/22 スポーツクラブにて 腰痛あれこれ
「酷くなると、歩く事はおろか立ってる事も出来ない、もちろん横になっても痛みで寝返り出来ない」という持病の椎間板ヘルニア・座骨神経痛の対策でスポーツクラブ(もっぱら水泳で利用)に入って13年になる。
最初に入ったクラブは職場に近いターミナルのビルにあったため、会議/打合せの移動を利用するなどして週に3回ほど訪問、おおいに活用させてもらった。慣れるまでは、電車を乗り過ごしたり、会議での眠気対策がたいへんだったが。
その後、施設が閉鎖されたため、既に釋信行が会員になっていた自宅近くのクラブに変更。流石に平日は難しくて週末利用に切り替えていた。
この6月からは原則として週に2日の出社になり、必然的に(?)クラブに行く回数が増えた。おかげで、クラブに来ている常連の方達からいろいろとお話を聞かせて頂く機会が増加した。先輩の方が多いが、皆さん思った以上に「腰に課題」を持っておられるようだ。その対策でクラブに来られている方も多いみたいである。
腰痛への対応は、そのレベル、発症時期などでも異なるし、「ある人に有効であった対策が別の人には駄目」と複雑であるが、一番最初に痛みが出た時にとるべき対応だけは明確だと思う。私が約20年にギックリ腰になった時にとった対応は最悪で、それがその後の症状悪化と手術も駄目という慢性化に結びついたと思っている。
一番最初に痛みが出たときは、「冷やす(暖めない)」「安静にする(運動厳禁)」の2点につきると思う。表に出る怪我だと当然だが、身体の内部のためにわかりにくい。当時は、暖めると痛みが和らぐため、温湿布だ、暖める物理療法機だと利用して、炎症を拡げてしまった。加えて運動不足との自覚があったため、無理矢理に体操をする、身体をもみくちゃにする?理学療法機を使うなどの無茶をしてしまった。
◎ 2003/10/16(護法) ホームページ手直しにはまってます
このところ、ホームページの手直しにはまり込んでいる。
どうも目的と手段が混乱してしまってるみたい。凝り性のうえ嫌いな分野じゃないのでツイツイ。
本来の目的である幅広いお付き合いをいただくための手段のひとつであり、そのためにはご覧頂く方の立場で見やすく、かつシンプルな構成にしないといけないですが、やはり内容が問題なんでしょうね。
◎ 2003/10/14 人様に見て頂くホームページって結構たいへん
最初はなんのためのホームページを作るのかなという疑問もあったが、いざ開設してみると、今度は技術的な内容で引っかかりが出てしまった。
ホームページを設置されている先輩方からアドバイスをいただき、私の技量でできる範囲の修正をしているが、その技量が低すぎる事を痛感している。
でも、それなりに結構たいへんで、ネットスケープもダウンロードしてホームページ表示してみた。なんと最新版を使ってもレイアウトが乱れている、それとは別の話だが、気配り不足で横スクロールも発生している・・・等々にはなんとか対応を試みた。まだまだ、課題はありそう。
◎ 2003/10/09 護法 料理教室
料理教室の前半期が終了した。最終回は肉じゃがなど。1ケ月に1回で6回、間隔があきすぎだが、家での実習と組み合わせ、初めての食事作りに慣れる事ができた。生活の根底である料理への道を開いてくれた教室に感謝。
◎ 2003/10/01(護法)旅行の整理がつかない(^_^;)
帰国の翌日、月曜日から勤務。なんだかぼーっとしているが、重要な会議もあり抜けられない。
やっとデジカメの写真をパソコンに取り込んで日付別に整理した。数枚の写真を3つのホームページにUPしたが、NIFTY山フォーラムへの報告アップはおろか、記録メモの作成も未着手。このホームページにまとめられるのは、いつになることか。
リホーム日記をホームページに作る準備もしなければ(^_^;)。
◎ 2003/09/28(護法)成田にて
楽しかったカナディアンロッキーの山旅も終わり、9/27の13:45(日本時間:9/28の5:45)にバンクーバーを離陸。
成田には、9/28の14:57に着陸したが、預けた荷物が出てくるまでに1時間以上もかかってしまった。それにしても、やっと荷物を受け取り税関を通過、外へ出たときの混雑は半端じゃなかった。カートを押しての身動きができないくらいの人の多さというか、施設が狭いというか、カート交通事故の危険性まであった。
ところで、荷物の受け取りですが、結局なんのチェックもないまま通過。人の荷物をとってきてもわからない状態・・これって性善説に立っているのかな。
◎ 2003/09/26 at BANFF
後付ですが、アシニボインロッジからのMt.アシニボイン
のモルゲンロートです。
ROMAJI desu.
hutatabi BANFF ni modeotte kita tokorodesu.
◎ 2003/09/24 at BANFF in CANADA
ROMA-JI desu..
AMSKI- LODGE kara modette, BANFF no HOTEL ni shukuhaku.
24 SEP. 8:42 no ASA desu.
korekara choushoku , ASINIBOIN(spell??) no Lodge ni
heri de idou. mata yama ni hairimasu.
◎ 2003/09/20 GOHOU at Lake Luise Inn
Roma-JIdesu.
nanto Lake Luise Inn kara INPUT dekimasta.
5-nen-mae ni kita toki ha shasin mo okureta ga,
konkai ha dame mitaida.
◎ 2003/9/19護法 成田にて
夏、ゴールデンウィーク等の時期と違ってさすがに人は少なく、あの独特の熱気が感じられない。
◎ 2003/0918(護法) いよいよカナディアンへ
明日はカナディアンロッキーへ出発だ。最後の荷物確認をしているところ。
この準備と業務の合間に故郷の家のリホームを検討しているが、まあ種々様々な情報が飛び交っている世界だ。複数の業者さんに提案と見積をお願いしてきたが、現在の自宅とリホーム場所が離れていることもあって、進行状態のタイミング調整ができず、1社の進行が突出してしまった。技術としての提案内容・金額の比較による選定までいかずに次のステップに移ったため、他の業者さんに迷惑をかけてしまった。
今回選ばせてもらった業者さんは住友。こちらの自宅に近い事もあったが、仕事のやり方というかビジネスのやり方が、私が経営に関わっていた会社とよく似ている。私の会社は、一般用語では営業技術、我々の用語ではシステムエンジニアリングをウリにする組織だった。お客様のニーズを先取りした素早い提案、エンジニアリングによる差別化、そしてご注文後には協力会社さんとESに乗っ取ったマネージメントを整斉と進める技術統括力(エンジニアリング)が命。それぞれの部分については協力会社さんの技術力が上の場合もあったが、全体をスルーして魅力あるご提案ができる事が我々の生きる道であった。
住友さんには、いろいろと風評もあり、なにが本当かわからないが、このよく似た業務形態がどう動くのかという興味もある。
これからの進行状況をこのホームページで紹介していく事も検討している。その際には、ホームページを正式に公開しないといけないかな。
◎ 2003/09/11 (護法)久しぶりの料理教室
7月末に行って以来、夏休み入っていた料理教室(横浜)に出席。イワシの蒲焼き、焼きなす、豚汁に取り組む。このところ都合が悪く、教室変更をしていたので、本来の同窓生?に会うのは久しぶりだ。今回はひとりが欠席で、7テーブル(ひとテーブル4人の組)が埋まっていた。料理の方は、まずまずの出来であった。
それにしても、雲一つ無い青空、真夏の暑さだ。まるで、先日、帰省していた徳島から連れてきたような天気(^_^)。
◎ 2003/09/07 護法 羽田は寒い
なんと、気温10度くらい差がある。明るい陽光から冬の雪国のように曇った空に変わった。涼しいのは良いが、急激な変化に身体がついていけず、目眩がする。
◎ 2003/09/07(護法) 横浜へ
これから片づけて空港の予定。5日間の帰郷だったが、けっこう忙しくて、もう1ヶ月以上もたったような気分。それにしても、遅れてきた夏というか残暑にはまいった。取り敢えず、現在の自宅に戻るが、近々また帰郷しなければならないだろう。来年のUターンに向けて、まだまだ準備する事が山積みである。
趣味の山歩きで体得した単純な思いこみ「足を動かせば、必ず目標には行き着く」でやっていこうと・・・(^_^;)。山に限らず、予想外あるいは予想できなかったアクシデントその他のリスクはあり、到達困難な事も。
前もって可能なリスクヘッジと対応準備は必要だが、そんなの100%できるわけない。いったん踏み出したら、起きるかも知れない事を考えて悩まない・・・先取りした想像による悩み、実際に起きたときの苦労と、なにもダブルで苦しむ必要はない。起きてから汗を流せばいい。これも、山歩きに教えられ、会社運営においても活用させてもらった。
◎ 2003/9/5 護法 真夏が続く
徳島は真夏のような天気が続く。暑い!。 ケアハウスから連絡を頂き、一時帰宅している母を出張美容院に連れて行く。待ち時間にi-modeで、これを書き込む。便利だ。
◎ 2003/9/4 護法、いやあ暑い
徳島の昨日の気温は35度近くに。この夏も終わりになって、本格的な入道雲を初めて見た。今日も暑そう。その中、裏庭に拡がった苔と格闘、身体中に苔がはえそう。盆に帰った時は、水を大量に含み、茸まで寄生していた
◎ 2003/09/03護法 徳島空港にて
ほほ満席であった。平日のこの時間帯です。羽田の混み具合といい、景気不調としっくりこない。運賃の最適化が問題? しかし、徳島は暑い
34度Cらしい。日差しが違う。これが夏だ!という感じだ。
◎ 2003/09/03護法 羽田
リホームその他で徳島へ。羽田は、いつきても人が多い。
◎ 2003/09/02(護法) 携帯電話から
この徒然の記をniftyのサービスするnoteブックに切り替えてみた。自前のものより柔軟性は低下したが、携帯電話などで書き込みもできるようだ。携帯電話での書き込み試験・・・
◎ 2003/09/01(護法) ホームページ仮オープン
本日、サーバーへの転送試験を兼ねてホームページをオープンした。やはり、これまで会社で経験した自前のサーバーとは勝手が違う。大文字のファイル名、拡張子のものがサイト転送出来ずに、リンク不具合になる。何故か理由はわからないが、まずは修正した。
◎ 2003/09/01(護法) ホームページ仮オープン
本日、サーバーへの転送試験を兼ねてホームページをオープンした。やはり、これまで会社で経験した自前のサーバーとは勝手が違う。大文字のファイル名、拡張子のものがサイト転送出来ずに、リンク不具合になる。何故か理由はわからないが、まずは修正した。
◎ 2003/08/31(護法) ホームページの試行へ
やっとホームページの体裁が見えてきた。もう少し完成度を高めてからにしたいとも思ったが、サーバーへの転送方法、現時点での無料で使える容量との兼ね合い調査などもあり、取り敢えず開設してみることする。
◎ 2003/08/29(護法) 非出社日の行動
週2日の出社勤務が始まって約1ヶ月。出勤のない朝は1時間遅い起床だが、通勤がないだけ仕掛かりに手をつける時間がとれる。
報酬を頂いている身であり、朝一番には社内メイルと関連ニュースに目を通し、必要なら対応。
それから、個人的に関心のあるホームページ、niftyのフォーラムを巡回。少し前はリホーム図をパソコンで作成し、いまはホームページの作成をしている。10時から近くのスポーツジムに行き、水泳とジムで簡易トレーニングをしている。以前は、山に行ってない土・日のみであったが、いまは週に5日間。これは疲れる。これで午前はいっぱいになってしまう。
◎ 2003/08/28(護法) 個人のホームページって?
個人ホームページを作ろうかなと思って約3週間、作成に着手して1週間になった。会社のホームページ作成は、もう少し早く効率的にできたが(^_^;)。個人の遊びであり、効率など必要はないとはいえ、いかにも遅い。
会社と違って、個人用のホームページって何?とコンセプトがはっきりしないのが原因かもしれない。公開して不特定の方に見て頂こうと思うと、なんのためにという疑問が・・少なくとも人様のお役にはたたない。
取り敢えずは、山で知り合った方など、お友達になって頂きたい方に自己紹介をするためと思う事にした。
◎ 2003/08/27(護法) 非常勤の勤務
非常勤になって2ヶ月半を経過。最初のひと月は、後任者とお客様・関係先への挨拶回り等でそれなりに多忙。その後は、夏期休暇があったりで、本来の非常勤勤務がスタートしたのは8月に入ってから。後任者とは、会議のある週2日の出社、その他の在宅時はメイルでと話し合っている。
年俸は低下したとはいえ、なにか不労所得のような気持ちから抜けきれない。でも、あまり出社する事自体が後任者には迷惑かもしれない。再度、自分で自分をクビにする勇気がいるかも。
個人的には、近い将来の介護も考えて料理の勉強、来年にはUターン予定の実家のリホーム準備と、Uターン後の社会との関わり方の検討(このホームページも新しい友人作りに役立つかなと考えている)とそれなりに時間は不足気味。
◎ 2003/08/26(護法) 料理実習
非常勤に切りかわる少し前に横浜の料理教室に申し込んだ。食事は黙って座れば出てくるものといった生活を60年近く続けてきた私にとって、全くの新しい世界。もちろん基礎を教えてくれる教室である。加えて、男性専用の教室である。もう、4回出席したが、私より先輩の方が多いのはもちろんであるが、若い方もおられる。結構、楽しくて、時間の都合がつかないときは渋谷の教室に切り替え、ついには女性が主体の一般教室にも紛れ込んでしまった(実は、知らなかっただけだけど)。
月に1回では練習にもならないので、自宅での食事作りに着手、おそろしい信行さんの指導と愛の鞭を受けながら日夜料理の達人を目指している。 |